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プロバブル★リアリティ(Probable Reality)
そして残念無念ながら、私には今のところ適訳が思い浮かばないと言わなければなりません。 そういうわけですから、とりあえず、その内容を理解することに努めましょう。
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私たちは毎分毎秒、刻々と思考し、判断し、選択し、決定しています。 そして、ある時は果断に行動し、また、時には、グズグズと思い悩み、ただ逡巡します。 ある一つのことを選択したことによって、 時には、未練がましく、いつまでも忘れられず、 人生を長くやっていると、どうしても、そういう切ない思い、後悔、無念の気持ちが蓄積します。 あの時、ああしていたらなあ!あれさえしなかったらなあ! あるいは、あの時の、あの決断のおかげで今こうして幸せにしていられる。 あんな不思議なことがあったために、 このように その状態は24時間勤務と言ってよく、
私がある行動を選択した場合、 このリアリティ(現実世界)においては、この行動がクリエイト(創造)されました。 ただし、このリアリティ以外にも、他に無数のリアリティが存在していて、 それをプロバブル・リアリティと呼びます。 ある一つの行動が選択され、クリエイトされるたびごとに、 その行動に関する多様な変形・派生形が 無数のブロバブルな行動としてクリエイトされます。 (そのプロバブルな行動の中には、その行動をしないことも含まれています) そのたびごとに、プロバブル・リアリティがクリエイトされるのです。 そこにはプロバブルな私がいて、プロバブルな行動をクリエイトしています。 さらに言えば、 そのプロバブルな私にとっては、 この私はプロバブルだと感じられるのです。 どのプロバブルな私も自分を「正真正銘の現実の私」だと感じているのです。
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私たちの心のエネルギーがどんなものかはちょっと理解しがたいものがあります。 確かに現実を変えるのは私たちの心の活動です。 心と心が感応しあって、影響を与えあい、行動となってあらわれ、 その行動は物を動かし、物を変化させ、新しい物を作り出します。 ただし、心が直接に物に対して働きかけることはできません。今のところは・・・・・ 心と物質は直接に接触できないほど、性質が異なっています。 夢の中では、思念だけで物を動かしたりすることもありますが、 目が覚めてみると、やっぱりそんなことはまだ私にはできません。 夢の中では、ものすごいスピードで空を飛び回ることもありますが、 目が覚めてみると、やはり、できません。 大島弓子の作品の中で、 フィクションと言ってしまえば、そのとおりですが、 夢と現実はそれほどはっきりとは区別できるものではありません。 夢と現実の間にはその中間の世界がいくつも存在しているはずです。 変性意識、意識下の潜在意識、無意識などとよばれるものがあって、 現実と夢を結びつけています。 夢よりもやや現実に近い中間世界において、 心は物に直接に働きかけて、作用を及ぼすのではないでしょうか?
夢の中で、あるいは、白昼夢の中で、 あるいは、瞑想中、 あるいは、なにか作業に没頭している時などに、 何かインスピレーションを受けたようなスバラシイ考えに襲われることがありませんか? なにか唐突に、自分らしくない、思っても見なかったことをしたくなったりしませんか? そんな時には、 プロバブル・リアリティに存在している、 「プロバブルなあなた」がそういう行動を選択できなかったため、 あなたのほうへ、そのプロバブルな行動を送ってきているのです。 あなたが、「プロバブルなあなた」に代わって、 その行動を実現することもできるのです。
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物質といっても、それは決して硬いものではありません。 原子よりもっと微細なところまで侵入していって観察すれば、 どうやらそこには、雲のような、あいまいなモノがあるだけだそうです。 私たちの足の下の固い大地が雲のように頼りなげに感じられてくるではありませんか? それでもあまり不安にもならず、ノイローゼにもならず、 たくましく貪欲に、毎日、元気に精勤していられるのはどうしてでしょうか? ここに秘密がありそうです。
原子より微細なところでは、 心のエネルギーが物質に影響を与えるのではないでしょうか? なぜなら、そんなにも雲のような柔らかい物質なら心によって動かせそうですよね! ただし、こんなことを言うのは、科学者ではなく、詩人ですね。 私は、科学者でもなく、詩人でもありませんが、 一人の人間としては、そんな気がしてしょうがないのです。
私たちの心が積極的に物に働きかけて、クリエイトしているとしたら、 私たちこそが、クリエイターであり、主人公なのですから、 大いなる自信も生まれ、不安も解消され、 やりがいのある創造的活動に打ち込むこともできそうです。
観察する人の意識がフォーカスをする時、 その対象の「雲のような、あいまいなもの」は 見られるまでは、姿が決まらないなんて、 心が物を作っているようではありませんか? 「雲のようなあいまいなもの」は実のところ、 無数のプロバブルな粒子の重ね合わさったものです。 観察者である私が一つの粒子にフォーカスすれば、 他の無数のプロバブルな粒子は雲散霧消してしまいます。 とはいえ、それらは他の無数のプロバブル・リアリティにおいて、 堂々と主人公顔をして、そのリアリティでは現実の存在として立派に大活躍しているのです。 そちらから眺めれば、 こちらの粒子がプロバブルなものとなってしまっているのです。 さらに他のそれぞれのプロバブル・リアリティにおいて、 それぞれの観察者としての私が存在しています。 どうやら私は観察する行為を通じて、無数の私に分裂するようなのです。 これはゾクゾクするような新しい体験ではありませんか? 不思議なあやしい感覚が目覚めてくるようなところもあります。 マジックの世界に投げ込まれてしまったような・・・ 自分のアイデンティティが根底から揺り動かされるような・・・ こうした知識を得た後にも、 以前と同じく平然として、見慣れた通勤ルートを歩いていけるものかどうか・・・
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英和辞典を見ると、 プロバブル(probable)は、形容詞で 「たぶん・・・しそうな」、「十中八九は」、「ほぼ確実な」 などという語義が載っています。 その派生語として、 probabilityという名詞があって、 蓋然性、確率 とあります。 しかし、先ほど述べたような語義は全く新しいものであって、 このような probable の用例はセス(Seth)の独壇場と言ってよいでしょう。 彼が表現している世界観は、きわめて新しく、眼がくらむほど深遠であると私は感じています。
*********************** 以上の内容を、以下に整理してみましょう。 これらは私が ここ数ヶ月のあいだ、
更新(20080122) (C) 20060215 Wakmak All Rights Reserved. |
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